更くる夜半に 門(かど)を敲(たた)き わが師に託せし 言の葉あわれ今わの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に残れるは「花や 今宵」の歌
「行き暮れて 木下蔭を 宿とせば 花や今宵の あるじならまじ」
一番は平敦盛(あつもり)を歌った詞 鵯越えで有名な一の谷の合戦で、海上に逃れようとした敦盛は、熊谷直実に呼び戻された。 敦盛を組敷き首を刎ねようとした直実は、14歳の敦盛に驚き逃がそうとしたが、敦盛は断りそのまま討たれた。 その時腰に携えていた笛「名笛小枝」を歌ったもの。
二番は平忠度(ただのり)(薩摩守で無賃乗車の代名詞として使われている)平家都落ちの時、途中から引き返して、和歌の師藤原俊成に詠草一巻を預け立ち去った。 俊成は鎌倉幕府に遠慮して読み人知らずとして「千載集」に下記の和歌を載せている。
さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな
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