屈折期 元治元年(1864)
元治元年(1864)26才
1月28日 来島又兵衛の説得にあたるも脱藩して京都に行く
甲子二月在京城作 元治元年2月
甲子二月京城に在っての作
無限不平将剖胸 閲来周易識妖凶
古今英傑為忠死 却在衆人所不容
無限の不平将に胸を剖(さ)かんとす 周易を閲し来って妖凶を識る
古今の英傑忠死を為す 却衆人の容(い)れざる所に在り
同 元治元年2月
落魄京城已幾時 鴨東花柳日追随
夜深燈滅酒醒処 回顧前非涙似絲
京城に落魄して已に幾時 鴨東(こうとう)の花柳日に追随す
夜深うして燈滅し酒醒むるの処 前非を回顧して涙絲に似たり
2月25日 桂小五郎の説得で萩に帰る
3月29日 野山獄に投獄さる
3月 天狗党の変
囚中作 元治元年3月30日
囚中の作
目不看天日 心明意自如
仰窓呑爽気 恰似小池魚
目に天日を看ざるも 心明なれば意自如たり
窓を仰いで爽気を呑むは 恰も小池の魚に似たり
囚中作 元治元年4月3日
囚中の作
人世沈浮不敢休 孤雲流水去悠々
囚窓回首将三歳 上海津頭維客舟
人世沈浮敢えて休まず 孤雲流水去って悠々
囚窓首(こうべ)を回らせば将に三歳ならんとす 上海津頭(しんとう)に客舟を維(つな)ぐ
囚中作 元治元年4月6日
囚中の作
酔倒京城幾酒楼 楚雲湘水夢悠々
皈来誤落野山獄 空懐昔遊遣結愁
酔倒す京城の幾酒楼 楚雲湘水夢悠々
皈来(きらい)して誤って落つ野山獄 空しく昔遊を懐うて結愁を遣る
囚中作 元治元年4月7日
囚中の作
単身嘗到支那邦 火艦飛走大東洋
交語漢韃与英仏 欲捨我短学彼長
単身嘗って支那邦に到る 火艦飛走す大東洋
漢韃と英仏と語を交ゆ 我が短を捨て彼の長を学ばんと欲す
囚中作 元治元年4月7日
囚中の作
忽喜邦政復太古 野芹忠言上我主
為主即要作先鋒 金川駅頭脱醜虜
忽ち喜ぶ邦政の太古に復するを 野芹の忠言我が主に上(たてまつ)る
主の為に即ち先鋒と作(な)り 金川(神奈川)駅頭に醜虜を脱せんと要す
囚中作 元治元年4月7日
囚中の作
両度義挙違我志 爾来小節何足言
愧我頑愚今可死 偸生国獄真君恩
両度の義挙我が志と違う 爾来の小節何ぞ言うに足らん
愧ず我頑愚今死すべし 生を国獄に偸むは真に君恩
囚中作
囚中の作
茫然慙既往 静座慎将来
時杷書巻読 素心猶未灰
茫然として既往を慙じ 静座して将来を慎む
時に書巻を杷(と)って読むも 素心猶いまだ灰せざる
囚中作 元治元年4月10日
囚中の作
孤身在縲紲 胸間百憂集
只知有今朝 不知有明日
孤身縲紲に在れば 胸間に百憂集る
只今朝有るを知って 明日有るを知らず
囚中作 元治元年4月10日
囚中の作
暁鴉叫屋上 旭日透獄窓
拝之空涕涙 聞之又断腸
暁鴉屋上に叫び 旭日獄窓を透す
之を拝し空しく涕涙し 之を聞いて又断腸
囚中作 元治元年4月10日
囚中の作
断腸非恨冤 涕涙非惜命
外患迫我君 如何此邦政
断腸冤を恨むにあらず 涕涙は命を惜しむにあらず
外患は我君に迫る 此の邦政を如何せん
囚中作 元治元年4月11日
囚中の作
偸生決死任時宜 不患世人論是非
嘗在先師寄我語 回頭追思涙空垂
生を偸むも死を決すも時宜に任す 世人の是非を論ずるを患えず
嘗って先師の我に寄せるの語在り 頭(こうべ)を回(めぐ)らして追思すれば涙空しく垂る
囚中作 元治元年4月12日
囚中の作
去年断髪臥草庵 今歳得罪下野山
野山獄暗昼如夜 朝暮俯仰咫尺天
今歳憑身被束縛 始知去年隠逸楽
去年断髪して草庵に臥す 今歳は罪を得て野山に下る
野山獄は暗うして昼夜の如く 朝暮俯仰す咫尺の天
今歳身の束縛せられしに憑(よ)って 始めて知る去年の隠逸の楽
囚中作 元治元年4月12日
囚中の作
草庵近在漢山峰 渓水繞屋窓臨江
如此好景無由見 思山思水坐獄中
草庵は近く漢山の峰に在り 渓水屋を繞りて窓江に臨む
此の如き好景見る由し無し 山を思い水を思うて獄中に坐す
囚中作 元治元年4月13日
囚中の作
士為讒間蒙汚名 譬如浮雲蔽月明
浮雲去尽天霽後 応有明月照人心
(浮雲去尽天澄霽 応有明月照心情)
士の讒間の為に汚名を蒙るは 譬えば浮雲の月明を蔽うが如し
浮雲去り尽きて天霽るるの後 まさに明月有りて人心を照らすべし
囚中作 元治元年4月13日
囚中の作
独憶東海源烈公 心懐尊王与攘夷
俗吏不知公深意 当時満城称賊主
独り憶う東海の源烈公 心に尊王と攘夷とを懐く
俗吏は公の深意を知らず 当時満城賊主と称す
囚中作 元治元年4月13日
囚中の作
烈公死兮未十年 一世誠忠通九天
公嘗有歌吾今記 浮雲明月尚依然
水戸烈公(徳川斉昭)の歌
浮雲の かかればかかれ 後の世の
鏡を照らす 山の端の月
烈公死して未だ十年ならず 一世の誠忠九天に通ず
公嘗って歌有り吾今記す 浮雲明月尚依然
囚中作 元治元年4月16日
囚中の作
夜深人定四隣閑 孤燭影寒咫尺間(短燭光寒破壁間)
無限愁情無限恨 思君思父涙潜潜
夜深く人定まって四隣閑(しずか)なり 孤燭影は寒し咫尺の間
無限の愁情無限の恨み 君を思い父を思えば涙潜潜たり
囚中作 元治元年4月17日
囚中の作
正起邪興互市権 古今天下勢皆然
君看淹弼宋賢相 逐外入中幾変遷
正起り邪興って互に権を市(あきな)う 古今天下勢い皆然り
君看よ淹弼は宋の賢相 外に逐われ中に入って幾変遷
囚中作 元治元年4月18日
囚中の作
繙書黙読又沈思 旧病日知有所医
薬石如期未曽見 恨吾下獄十年遅
書を繙(ひもと)いて黙読又沈思 旧病日に医する所有るを知る
薬石期の如く未だ曽って見ず 恨むらくは吾が下獄の十年遅きを
囚中作 元治元年4月19日
囚中の作
従是学問応日新 少年顛蹶勿軽身
古今英傑君看取 多在放囚脱獄人
是より学問まさに日に新なる 少年顛蹶(てんけつ)せるも身を軽んずることなかれ
古今の英傑君看取せよ 多くは放囚脱獄の人に在り
(同獄児玉百助が遠島に処せられたのに送ったものである)
囚中作 元治元年4月20日
囚中の作
時機蹉跌与心違 訴罪断然故国帰
(罪断然郷国帰)
往事由来如一夢 便知二十六年非
(往事茫々如一夢)
時機蹉跌して心と違う 罪を訴えられ断然故国に帰る
往事由来一夢の如し 便ち知る二十六年の非
囚中作 元治元年4月22日
囚中の作
虚心欲勿悔前非 情緒似麻涙沾衣
斬首斬腰我甘処 恨他父母受群譏
虚心前非を悔ゆる勿からんことを欲す 情緒麻に似て涙衣を沾す
首を斬るも腰を斬るも我甘んずる処 恨むらくは他の父母の群譏を受くるを
囚中作 元治元年4月24日
囚中の作
身似棲禽作繋囚 心如逝水付悠々
夜来独怪孤床上 魂走夢迷六十州
身は棲禽に似て繋囚となる 心は逝く水の如く悠々に付す
夜来独り怪しむ孤床の上 魂は走り夢は迷う六十州
囚中作 元治元年4月25日
囚中の作
君不見死為忠魂菅相公 霊魂尚存天拝峰
又不見懐石投流楚屈平 至今人悲泪羅江
自古讒間害忠節 忠臣思君不懐躬
我亦貶謫幽囚士 思起二公涙沾胸
休恨空為讒間死 自有後世議論公
君見ずや死して忠魂となる菅相公 霊魂は尚存す天拝の峰
又見ずや石を懐いて流れに投ず楚の屈平 今に至って人悲しむ泪羅(ぺきら)の江
古へより讒間忠節を害う 忠臣は君を思いて躬を懐わず
我亦貶謫幽囚の士 二公を思い起こせば涙胸を沾す
恨むをやめよ空しく讒間の為めに死するを 自ら後世議論の公(あからさま)なる有り
囚中作 元治元年4月26日
囚中の作
燭滅人眠夜已深 此夜孤囚独沈吟
茫然閉眼又開眼 即悟生前死後心
燭は滅し人は眠り夜已に深し 此れ夜孤囚独り沈吟す
茫然眼を閉じ又眼を開く 即ち悟る生前死後の心
囚中作 元治元年4月28日
囚中の作
憂世傷時独歎嗟 孤囚心緒乱如麻
(孤囚就枕正沈吟)
若吾誤死瞑々裡 忠鬼帰天護国家
世を憂い時を傷み独り歎嗟す 孤囚の心緒乱れて麻の如し
若し吾誤って瞑々の裡に死すとも 忠魂天の帰って国家を護らん
囚中作 元治元年4月29日
囚中の作
節近黄梅雨未収 対窓黙座寸心幽
簷声點々尽還起 添得囚人一片愁
節は黄梅に近く雨未だ収まらず 窓に対して黙座すれば寸心幽かなり
簷声點々として尽きて還た起る 添え得たり囚人一片の愁い
囚中作 元治元年5月2日
囚中の作
幽室日将暮 帰鴉鳴遠空
数声雲間去 吾独坐獄中
幽室に日将に暮れんとす 帰鴉遠空に鳴く
数声にして雲間に去る 吾独り獄中に坐す
囚中作 元治元年5月6日
囚中の作
為国破産家亦軽 不辞世上喚狂生
友人猶有不忘義 昨日門頭呼我名
国の為に産を破るも家また軽し 世上の狂生と喚ぶを辞せず
友人(周布政之助)義を忘れざる有り 昨日門頭に我名を呼ぶ
囚中作 元治元年5月7日
囚中の作
自作繋囚心更雄 栄枯不敢与人同
誰言楽裡還生苦 知是真娯在苦中
(初知極楽無量界 却在辛途苦海中)
繋囚となってより心更に雄なり 栄枯敢えて人と同じからず
誰か言う楽裡にまた苦を生ずと 知る是れ真の娯しみは苦中にあるを
囚中作 元治元年5月9日
囚中の作
囚窓無事昼貪眠 夢結夢醒自寂然
恰有獄中似山裡 家如太古日如年
囚窓事無く昼眠りを貪る 夢は結び夢は醒む自ら寂然たり
恰も獄中の山裡に似たる有り 家は太古の如く日は年の如し
囚中作 元治元年5月10日
囚中の作
囚室無苦為 披書養良知
虚心而平気 書中自有師
読至南宋滅 独悲天祥節
臨死衣帯銘 使人為泣血
爾来天下士 貪利不成仁
嗟我雖愚鈍 要学天祥心
囚室為すに苦しむ無し 書を披いて良知を養う
虚心にして平気なり 書中自ら師有り
読んで南宋の滅に至り 独り悲しむ天祥の節
死に臨む衣帯の銘は 人をして泣血を為さしむ
爾来天下の士 利を貪り仁を成さず
嗟(ああ)我愚鈍をいえども 天祥の心を学ばんことを要す
囚中作 元治元年5月11日
囚中の作
一椀飯一衣温 衣之思親恵 食之仰君恩
誰道鉄心笑坐獄 是豈忠臣孝子言
一椀の飯一衣の温 之を衣て親の恵みを思い 之を食して君の恩を仰ぐ
誰か道(い)う鉄心笑うて獄に坐すと 是豈忠臣孝子の言ならんや
囚中作 元治元年5月12日
囚中の作
獄卒憐吾酒数杯 酔来自覚旧情催
夢魂独与浮雲去 遥到家国一樹海
獄卒吾を憐れんで酒数杯 酔来たって自ら旧情の催すを覚ゆ
夢魂独り浮雲と去り 遥かに家国一樹の海に到る
囚中作 元治元年5月18〜9日
囚中の作
勿思勿思更勿思 思兮思兮使心悲
意馬心猿何所之 富嶽琵琶天一涯
千縷万緒乱如絲 嗟吾思応無尽時
思うなかれ思うなかれ更に思うなかれ 思わんや思わんや心をして悲しましむ
意馬心猿何の之く所ぞ 富嶽琵琶は天の一涯
千縷万緒乱れて絲の如し ああ吾が思いはまさに尽くる時無かるべし
囚中作 元治元年6月2日
囚中の作
滔々走利好名時 捨禄抛官又有誰
不恨微駆死邦獄 報君心膽地天知
滔々利に走り名を好むの時 禄を捨て官を抛つ又誰か有らん
微駆邦獄に死せんことを恨まず 君に報ずる心膽地天知る
囚中作 元治元年6月4〜5日
囚中の作
壮年蹉跌誤機会 桎梏作囚故国城
要済患難建忠策 却為讒謗得汚名
数奇百折自天命 寸善尺魔是世情
豈無日月照人海 寤寐永嘆送余生
壮年蹉跌機会を誤る 桎梏囚となる故国の城
患難をすくわんと要して忠策を建てしも
却って讒謗の為に汚名を得たり
数奇百折自ら天命 寸善尺魔是れ世情
豈日月の人海を照らす無からんや 寤寐永嘆す余生を送らんことを
囚中作 元治元年6月4〜5日
囚中の作
徒趨権門屈此身 寧可下獄避埃塵
囚窓静若山中静 幽室人斯遁世人
徒に権門の趨〔おもむ〕いて此の身を屈せしより 寧ろ獄に下って埃塵を避く
囚窓静かなること山中の静なるがごとし 幽室人は斯れ遁世の人
6月21日 出獄
囚中作
囚中の作 元治元年6月21日依恩命脱野山獄
既以微躯付一
又
仁命脱禁囚
君恩海岳無酬処 正是重生重死時
既に微躯を以って一泡に付す 又仁命に
(よ)って禁囚を脱す
君恩海岳酬る処無し 正に是重生重死の時
囚中作
囚中の作
偸生岸獄八旬余 命下只今脱此居
猶有痴情難得忘 去囚室似吾出廬
生を偸む岸獄八旬余 命下り只今此の居を脱す
猶痴情有り忘るるを得がたし 囚室を去るは吾出廬に似たり
囚中作 元治元年6月21日
囚中の作
十死一生脱獄帰 石田茅屋尚依々
家翁欣喜出迎我 先拝慈顔涙満衣
十死一生脱獄して帰る 石田茅屋尚依々
家翁欣喜出我を迎う 先ず慈顔を拝して涙衣に満つ
6月25日 池田屋事件
7月 蛤御門の変。久坂玄瑞ら自刃
7月 佐久間象山・平野国臣暗殺
8月5日 4国連合艦隊下関砲撃
8月6日 全権使節となる
有命将到赤間関 訪友人家 元治元年8月上旬
命有りて将に赤間ケ関に到り 友人の家を訪う
不関死別与生離 人生浮沈不可期
一椀晩餐一杯酒 馮君聊鎖満胸悲
関せず死別と生離と 人生の浮沈期すべからず
一椀の晩餐一杯の酒 君に馮って聊か満胸の悲を鎖す
訪福田良助 元治元年8月頃
福田良助を訪う
秋雨蕭々促宿悲 突然出屋叩閑扉
主人淡白容吾拙 故買緑醸慰苦思
秋雨蕭々として宿悲を促す 突然屋を出て閑扉を叩く
主人淡白吾拙を容る 故に緑醸を買うて苦思を慰む
与奇兵隊諸友酌酒於滴翠楼上 酔中偶成 元治元年8月頃
奇兵隊諸友と酒を滴翠楼上に酌む 酔中偶成
従別赤間同志群 単身踏破万山雲
豈図詩酒話時事 滴翠楼頭又遇君
嘗与諸君游馬関 由来心事更無閑
快哉今日一杯酒 酔眼猶迷文字山
赤間同志の群に別れてより 単身踏破す万山の雲
豈図らんや詩酒時事を話さんとは 滴翠楼頭また君に遇う
嘗って諸君と馬関に游ぶ 由来心事更に閑無し
快なるかな今日一杯の酒 酔眼猶迷う文字(門司)の山
8月 第1次長州征伐
秋穂浦訪堀真五郎 元治元年8月頃
秋穂の浦に堀真五郎を訪う
吾本吉田以来士 胸謀自謂異他子
欽君早脱却塵間 大志已帰于極至
吾は本と吉田以来の士 胸謀自謂う他子と異なる
欽ぶ君早くも塵間を脱却するを 大志已に極至に帰す
訪井上与四郎 有山陽幅 次其韻 元治元年8月頃
井上与四郎を訪う 山陽の幅有り 其の韻に次す
俗士不知謫人志 紛々頻唱太平尊
飄然対酌故郷酒 半日閑話亦国恩
俗士謫人の志を知らず 紛々頻りに太平の尊を唱う
飄然対酌す故郷の酒 半日の閑話も亦国恩
9月 井上聞多襲われる。俗論党が勢力を強め、正義派の周布政之助自刃
小郡駅訪佯狂井上聞多 元治元年10月25日
小郡駅に佯狂井上聞多を訪う
慕君百里到鴻城 山翠水煙依旧清
別有心頭不平事 欲馮知己吐微誠
君を慕い百里鴻城に到る 山翠水煙旧に依って清し
別に心頭不平の事有り 知己に馮って微誠を吐かんと欲す
訪山田翁席上作
山田翁を訪う席上の作
大患迫国事紛々 為慰苦胸更問君
老鶴昂然雲外去 愧吾垂翼雑鶏群
大患国に迫って事紛々 苦胸を慰めんが為に、更に君に問う
老鶴昂然雲外に去る 愧ず吾翼を垂れて、鶏群に雑わる
訪楊井謙三 席上即吟
楊井謙三を訪う 席上即吟
翁也騎竜登白雲 壁間猶看掲遺文
一杯今日対君酌 年少慙吾未及群
翁や竜に騎って白雲に登る 壁間猶看る遺文を掲ぐるを
一杯今日君と対して酌む 年少慙ずらくは吾未だ群に及ばず
片野御狩小酌時俗論沸騰 有正俗将相争之勢
酔後禄之而去 元治元年10月
片野の御狩にて小酌す、時に俗論沸騰 正俗将に相争うの勢い
酔後之を禄して去る
俗客叩扉驚酔眠 醒来不答笑吹煙
菊花残在柴門上 乃是閑人適意辺
俗客扉を叩いて酔眠を驚かす 醒来って答えず笑って煙を吹く
菊花残って柴門の上に在り 乃ち是閑人適意の辺
訪治心気斉先生 次杉呑鵬韻 元治元年秋
小郡駅に佯狂井上聞多を訪う
嘗知国歩到艱難 無奈即今正気殫
不敢責人身自責 為邦立義豈無端
嘗って知る国歩艱難に到るを 奈かんともする無し即今正気殫(つ)く
敢えて人を責めず身自ら責む 邦の為に義を立つ豈端無からんや
題焦心録 元治元年晩秋
焦心録に題す
内憂外患迫吾州 正是邦家存亡秋
将立回天回運策 捨親捨子亦何悲
内憂外患吾州に迫る 正に是れ邦家存亡の秋(とき)
将に回天回運の策立てんとす 親を捨て子を捨つる亦何ぞ悲しまん
題焦心録 元治元年晩秋
焦心録に題す
内憂外患迫吾州 正是邦家存亡秋
唯為邦君為家国 焦心砕骨又何愁
内憂外患吾州に迫る 正に是れ邦家存亡の秋(とき)
唯邦君の為家国の為 焦心砕骨又何ぞ愁えん
十月念三夜 訪楢崎節菴分韻賦詩 元治元年10月23日
十月念三夜 楢崎節菴を訪う 韻を分け詩を賦す
疎直取禍誰最深 嘗知世事到方今
煮茶酌酒囲棊去 亦是従容即死心
疎直禍を取る誰か最も深き 嘗って世事の方今に到るを知る
茶を煮て酒を酌む棊を囲んで去る 亦是従容死に即くの心
廿五日鴻城訪井上聞多 次主人韻 元治元年10月25日
廿五日鴻城に井上聞多を訪う 主人の韻に次す
心膽未灰国欲灰 何人払尽満城埃
漆身呑炭吾曹事 要護防長坏土来
心膽未だ灰ならず国灰なんと欲す 何人か満城の埃を払い尽くさん
漆身呑炭は吾曹の事 防長の坏土を護り来らんことを要す
井上聞多詩
(身被数創志未灰 何時蹶起払氛埃 喜君雄略存方寸 病苦忘来且侑杯)
10月25日 俗論党の為に謹慎閑居させられていたが、身の危険を感じて脱出
脱走吟 元治元年10月27日
脱走吟
捨親去国向天涯 必竟斯心莫世知
自古人間蓋棺定 豈将口舌防嘲譏
親を捨て国を去り天涯に向かう 必竟斯の心世の知る莫し
古より人間棺を蓋うて去る 豈口舌を将って嘲譏を防がんや
十一月朔日潜伏白石氏家 元治元年11月1日
十一月朔日白石氏家に潜伏す
脱来虎狼穴 潜伏宿君家
無奈二州裏 人心乱如麻
虎狼の穴を脱し来って 潜伏して君の家に宿す
奈する無し二州の裏 人心乱れて麻の如し
11月2日俗論党の追及を逃れ、谷梅之助の名で福岡に亡命。
十一月二日 乗船発馬関 賦呈同行野唯人 大庭伝七 元治元年11月
十一月二日 船に乗り馬関を発す 賦して同行野唯人大庭伝七に呈す
一順逆 一賞罰 賞罰与順逆
天理今猶昔 東藩暴威盛
大挙来迫城 城中俗議起
骨肉欲相争 一夜天花堕
俗議如烈火 俗議如火兮
大罰将及我 断然脱繋囚
潜伏山亦舟 幸在二士在
使吾去吾州 君不見楠公護鳳輦
更有尊氏反 又不見南宋衰乱間
生一文文山 順逆賞罰尋常事
丈夫為之豈屈志
一順逆 一賞罰 賞罰与順逆
天理今はお昔のごとし 東藩暴威盛んなり
大挙来り城に迫る 城中俗議起り
骨肉相争わんと欲す 一夜天花堕つ
俗議烈火の如し 俗議火の如し
大罰将に我に及ばんとす 断然繋囚を脱す
潜伏す山亦舟 幸いに二士の在る在り
吾をして吾が州を去らしむ 君見ずや楠公鳳輦を護る
更に尊氏の反有り 又見ずや南宋衰乱の間
一の文文山を生ず 順逆賞罰は尋常の事
丈夫之が為に豈志を屈せんや
船中次野唯人韻
船中野唯人の韻に次す
追君千里独陪随 正是微躯危急時
屈龍伸丈夫志 作奴為僕又何辞
君を追うて千里陪随す 正に是れ微躯危急の時
屈(かっくつ)龍伸は丈夫の志 奴と作(な)り僕となる又何ぞ辞せん
11月4日 福岡に亡命。野村望東尼の平尾山荘にかくれる
四日将到福岡
四日将に福岡に到らんとす
風帆腹満似鵬
疾走看々至福岡
玄海大洋行欲半 浪花堆裏見蛮檣
風帆腹に満ちて鵬
(ほうよう)に似たり 疾走して看る看る福岡に至る
玄海の大洋行きて半(なかば)ならんと欲す 浪花(ろうか)堆裏(たいり)蛮檣を見る
売国囚君無不至 捨生取義是斯辰
天頌高節成功略 欲学二人作一人
国を売り君を囚え 至らざる無し 生を捨て義を取るは是斯の辰(とき)
天祥の高節成功の略 二人を学んで一人を作らんと欲す
11月12日 三家老切腹
11月25日 馬関に帰り武力クーデター
偶 成
偶成
魚驚釣飼去 鳥見矢弓飛
反復人情事 分明知此機
魚は釣飼に驚いて去り 鳥は矢弓を見て飛ぶ
反復は人情の事 分明に此の機を知る
12月15日 功山寺にて五卿と別れ挙兵
12月16日 馬関の萩本藩会所を占領
海上制圧のため三田尻の軍艦3隻を奪う
山崎小三郎為癸亥艦総督 憤発起志
欲游英国窮航海測量之術 賦此以送
山崎小三郎癸亥艦の総督となり 憤発して志を起て、
英国に游び航海測量の術を窮めんと欲す 此れを賦して以って送る
奪身去向大西洋 万里鵬程一瞬翔
風向鍼船能注意 勉強可学航海方
身を奪って去り大西洋に向かう 万里鵬程一瞬にして翔ける
風向鍼船能く注意せよ 勉強して学ぶべし航海の方
送義弟谷松助游学英国
義弟谷松助英国に游学するを送る
喜汝継吾志 我心与汝同
弟兄離各地 為国可成功
汝の吾が心心志を継ぐ 我心汝と同じ
弟兄各地に離るるも 国の為功を成すべし
題捫蝨処
捫蝨処に題す
三間矮屋小林園 隠逸聊当避世喧
此是先生捫蝨処 不容貴客叩松門
三間の矮屋小林園 隠逸聊かまさに世の喧を避くべし
此れ是れ先生の捫蝨の処 貴客の松門を叩くを容さず
寄井上世外
井上世外に寄す
蝉脱青雲志 占閑赤水潯
午涼客探句 夜月妾携琴
高慕七賢徳 清同六逸心
不言塵世事 黙坐対蒼岑
青雲の志を蝉脱し 閑を占む赤水の潯(ほとり)
午涼客は句を探り 夜月妾は事を携う
高は七賢の徳を慕い 清は六逸の心を同じうす
塵世の事は言わず 黙坐して蒼岑に対す
近日世外春畝両兄 隠逸同居 而世兄愛松樹
春兄愛梅花 即賦此以贈
近日世外春畝両兄 隠逸同居す 而して世兄松樹を愛し
春兄梅花を愛す 即ち此れを賦して以って贈る
勁節貞容占吉祥 堅心玉色傲風霜
松梅争徳満庭裏 好是謫人安楽場
勁節貞容吉祥を占む 堅心玉色風霜に傲(おご)る
松梅徳を争う満庭の裏(うち) 好(よ)し是れ謫人の安楽の場
次野村靖之助韻
野村靖之助の韻に次す
既是断頭場上人 又為花柳冶游身
如斯大罪無容地 負国負朋且負親
既に是れ断頭場上の人 又花柳冶游の身となる
斯くの如き大罪容るるの地無し 国に負(そむ)き朋に負き且つ親に負く