武田信玄が春日源助という寵童に与えた誓文

信玄が弥七郎という少年と寝ているという噂を聞いた源
助が立腹しているので、信玄が書いた言い訳の手紙。
不世出の武将といわれた信玄の、他の面を伺わせる面
白い手紙である。                       

 
               一     一   一 
                `     `   `
         の 富 が 別 も い 弥 了 弥 
     て 内 な 士 い し 寄 わ 七 簡 七 
      `々 り  `迷 て ら ん 郎   郎 
   七 明 宝  `白 惑 知 ず や 伽 な に 
   月 日 印 よ 山 に 音 候 昼 に く 頻 
 春 五 重 に っ  `候 申 の 夜 寝 候 り 
 日 日 ね て て 殊  °し 事 と さ  °に 
 源   て 申 件 に こ た  °も せ 全 た 
 助   な す の 八 の き   弥 申 く び 
 と   り べ 如 幡 条 ま   七 し 我 た 
 の   と く し 大 々 ゝ   郎 候 が び 
     も 候   菩 い  `  と 事 偽 申 
     申 へ   薩 つ 色   か こ に し 
     す ど    `は 々   の れ な 候 
     べ も   諏 り 走   儀 な く へ 
     く  `  訪 候 り   な く 候 ど 
     候 甲   上 は 廻   く 候   も 
       役   下 ば り   候  °   `
       人   大  `候    °こ   虫 
       多   明 当 え   な の   気 
       く   神 国 ば   か 前   の 
       候   の 一  `  ん に   よ 
       あ   罰  `か   ず も   し 
       い   を 二 え   く そ   申 
   晴   だ   蒙  `っ   今 の   し 
   信    `  る 三 て   夜 儀   候 
   ∧   白   べ 大 御   は な   あ 
   花   紙   き 明 う   存 く   い 
   押   に   も 神 た   じ 候   だ 
   ∨          `       °   `
                           
                           


 
 
 

 大意 
1 自分が弥七郎をくどいた事は何度もあるが、いつも
  腹痛と言って断られた。これは本当のことである。
1 これまで弥七郎と寝たことはない。もちろん昼夜とも  そんなことはしていないし、まして今夜は思いもしな  い。
1 おまえと親しくしようと思って、いろいろ手をもわすと  、かえって疑われる事になり、困っている。これらの  こともし嘘があれば、甲州一の宮(山梨県一宮町浅  間神社)二の宮(山梨県御坂町美和神社)三の宮(  山梨県甲府市玉諸神社)の大明神、富士(富士宮   市富士浅間神社)、白山(山梨県河口湖町白山神   社)ら領内の神々、ことに八幡大菩薩、諏訪上下明  神の罰を受けるだろう。本当なら正式な起請文の紙  に書くべきであるが、役人の目がうるさいので、白   紙に書いた。明日にでも書きなおす予定である。

 宛名の春日源助は、のちの武田家の重臣高坂弾正で「甲陽軍鑑」の著者である。当時は男色は普通に行われていた事であるが、武将の中の武将といわれた信玄のラブレターは珍しい。
 宝印とは起請文にもちいられる紙で、裏面に神仏が印刷されている紙。


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